名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)4902号 判決 1997年11月26日
原告
石井明子
被告
田村治美
主文
一 被告は、原告に対し、金一六三万四九八六円及びこれに対する平成元年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金九一六万四六四〇円及びこれに対する平成元年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告と被告との間の交通事故による原告の損害について、原告が被告に対し、自動車損害賠償保障法三条又は民法七〇九条に基づいて、損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実及び括弧内の証拠により容易に認められる事実
1 本件事故
平成元年三月二五日午後一時四〇分ころ、名古屋市千種区本山二丁目一八番地先の交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)において、南東方向から北西方向に直進しようとした被告が運転する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)と、北東方向から南西方向に直進しようとした原告が運転する自転車とが出合い頭に衝突し、その結果原告が左膝挫傷、左腓腹筋挫傷の傷害を負った。(争いがない。)。
2 被告の責任原因
被告は、被告車を自己のために運行の用に供する者である。また、被告は、被告車を前方左右を注視して運転すべき注意義務があるのに、これを怠って本件事故を発生させた者である(争いがない。なお、原告は、被告について、本件交差点において一時停止しなかった過失があると主張するが、被告に本件交差点において一時停止すべき注意義務があると認めるに足りる証拠はない。)。
3 原告の受けた治療等
原告は、以下のとおり通院した。
(一) 平成元年三月二五日から同年四月二二日まで(実通院日数六日)
はちや整形外科病院で左膝挫傷、左腓腹筋挫傷の治療(甲二号証の一から三まで、一五号証、乙四号証)
(二) 同年五月一八日から同年六月二七日まで(実通院日数二一日)
東山整形外科で腰部打撲、左膝打撲、右膝打撲の治療(甲三号証、乙四号証)
(三) 同年七月一八日から同年八月一四日まで(実通院日数三日)
米田病院附属米田診療所で腰椎症(腰部挫傷、左膝部挫傷)の治療(甲四号証、乙四号証)
(四) 同年七月二四日から同年一二月二〇日まで(実通院日数五日)
春日井鍼灸マッサージ療院(甲一二号証の七、八)
(五) 同年八月三〇日から平成五年七月一二日まで(実通院日数四五日)
平安鍼灸研究所(甲一二号証の九から二〇まで)
(六) 平成三年四月一九日から同年六月三日まで(実通院日数二日)
篠辺病院で脊椎症疑いの治療(甲五号証の一、二、一六号証)
(七) 同年六月一〇日から同年九月二日まで(実通院日数三日)
名古屋大学医学部附属病院で陳旧性腰椎捻挫の治療(甲六号証の一から六まで、一七号証)
(八) 同年六月二〇日(実通院日数一日)
エム・アール・アイ診療所で名古屋大学附属病院の依頼による腰部MRI検査(甲七号証、一八号証)
(九) 同年八月五日から平成四年一月二九日まで(実通院日数四日)
ツチヤ治療院(甲一二号証の二一から二四まで)
(一〇) 同年七月三日から平成六年九月二七日(実通院日数二九一日)
芳村整形外科医院で腰部椎間板障害、腰部打撲、脊椎過敏症の治療(甲八号証の一から三まで、九号証、一〇号証、一一号証の一から三まで、一九号証、二一号証)
(一一) 平成四年九月一三日(実通院日数一日)
狐ケ崎治療センター(甲一二号証の二五)
(一二) 同年八月一八日から同年一〇月八日まで(実通院日数三日)
静岡済生会総合病院で腰椎間板症、腰椎捻挫の治療(甲二〇号証)
(一三) 平成五年六月二〇日(実通院日数一日)
佐野指圧鍼灸院(甲一二号証の二六)
二 争点
1 本件事故後原告に現われた腰痛などの症状が、本件事故によるものか否か。
2 原告の損害額
3 過失相殺
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 前掲の各証拠の他、証拠(原告本人)によれば、前記認定事実に加え、以下の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。
原告は、本件事故の際の被告車との衝突により、腰をひねり左手と左膝を地面に付ける形で転倒したため、左膝などに挫傷を負い、当初はちや整形外科病院においてはもっぱらその治療が行われていたが、通院五日目の平成元年三月二九日からは、腰部にも痛みがある旨を訴えるようになった。
原告は、本件事故当時高校生であったことから、新学期が始まってしばらくすると通院が容易な東山整形外科に転院したが、そこで初めて腰部打撲等の診断を受け、腰などの治療を受けることになった。ところがその後も腰痛などの症状に改善が見られなかったことから、原告は、当時評判のよかった米田病院附属米田診療所に再び転院し、もっぱら腰についての治療を受けることになった。
その後しばらくの間、原告は、鍼灸などにより腰痛などの改善を図っていたものの、その効果は現れなかった。
そのため、原告は、平成三年四月から、篠辺病院、名古屋大学医学部附属病院、芳村整形外科医院、静岡済生会総合病院などの医療機関での治療を再開することとなり、徐々に腰痛等は改善して平成六年九月二七日症状固定となった。
2 右事実によれば、本件事故後原告に現われた腰痛などの症状は、本件事故によるものであると推認することができる(ただし、原告について本件事故による受傷のために相当な治療及びその期間については、後述のとおりである。)。
二 争点2について
1 治療費
(一) 原告は、本件事故による原告が蒙った傷害の治療費として、(1)はちや整形外科病院分五万〇〇二〇円、(2)東山整形外科分一四万六三〇〇円、(3)米田病院附属米田診療所分二万六〇四〇円、(4)春日井鍼灸マッサージ療院分一万円、(5)平安鍼灸研究所分一五万一〇〇〇円、(6)篠辺病院分五七五〇円、(7)名古屋大学医学部附属病院分三七九五円、(8)エム・アール・アイ診療所分八〇〇〇円、(9)ツチヤ治療院分一万三〇〇〇円、(10)芳村整形外科医院分一〇万五二七〇円、(11)狐ケ崎治療センター分三〇〇〇円、(12)静岡済生会総合病院分一万〇六二〇円、(13)佐野指圧鍼灸院分四五〇〇円の合計五三万七二九五円を請求する。
(二) 前記原告の受けた治療等に関わる病院等のうち、春日井鍼灸マッサージ療院、平安鍼灸研究所、ツチヤ治療院、狐ケ崎治療センター及び佐野指圧鍼灸院については、原告の蒙った傷害に対して有効な治療がなされたことを認めるに足る証拠はないし、右において行われた鍼灸などの治療が医師の指示によってなされたことを認めるに足る証拠もない。したがって、右春日井鍼灸マッサージ療院等による治療については、本件事故による原告の受傷のために相当な治療ということはできない。
以上によれば、本件事故による原告の受傷に対する治療費としては、右(1)から(3)まで、(6)から(8)まで、(10)及び(12)についての合計三五万五七九五円を、原告の損害として認めることができる(甲五号証の二、六号証の三、七号証、一〇号証、一二号証の一から六まで、乙四号証)。
2 通院交通費
原告は、はちや整形外科への通院交通費として三八八〇円を請求し、これに沿う証拠(甲一二号証の二七から三三まで)もあるが、原告がはちや整形外科へ通院していた当時、原告について公共交通機関の利用が困難でタクシーの利用が必要であったことを認めるに足る証拠はないので、原告の通院交通費についての請求は理由がない。
3 自転車修理代
原告は、本件事故によって壊れた原告の自転車の修理代として二万八八〇〇円を請求するが、証拠(甲一二号証の三四)及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。
4 入通院慰謝料
(一) 原告は、入通院慰謝料として三〇〇万円を請求する。
(二) 原告の受診の状況については前記のとおりであるが、原告の受傷について相当な治療と認められる通院は、右1の(1)から(3)まで、(6)から(8)まで、(10)及び(12)についての合計実通院日数三三〇日である。しかしながら、前記のような治療状況からすると、原告が一貫して医師による適切な治療を受けていたならば、右治療日数が短縮されていた可能性もうかがわれるものである。さらに、証拠(甲二一号証)によれば、原告は、平成五年二月二三日ころからはアフリカ、地中海へ、同年八月一六日ころにはスイスへそれぞれ旅行している事実が認められ、そのころには相当長時間の航空機等による移動が可能な程度に既に回復していた事実が認められる(そして、同年四月以降の実通院日数は、証拠(甲一一号証の二、三)によれば、一一四日である。)。これらの事実を総合すると、原告の本件事故による入通院慰謝料としては一四〇万円が相当である。
5 逸失利益
(一) 原告は、後遺症による逸失利益として、原告は本件事故時一七歳の高校生であったところ、症状固定後も腰痛、左下肢の痛み・痺れ感、背中から肩にかけての張り、頭痛などの症状があり長時間坐っていられないという後遺症が残ったとして、平成七年賃金センサス大卒女子の平均賃金三〇五万五九〇〇円(年収)を基礎とし、右後遺症は少なくとも後遺障害一四級(労働能力喪失率五パーセント)に該当するとし、六七歳までの新ホフマン係数二〇・三三八(二四・七〇二(五〇年の係数)―四・三六四(五年の係数))を乗じて算出した三一〇万七五四五円を請求する。
(二) なるほど証拠(甲九号証)によれば、原告には本件事故により腰痛、左下肢痛などの後遺症が残った事実は認められる。しかしながら、証拠(原告本人)によって認められる原告は大学卒業後国際協力事業団に特殊法人職員として勤務している事実などに照らすと、原告の労働能力が通常人に比して減少していると推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。したがって、原告の逸失利益についての請求は理由がない。
6 後遺症慰謝料
原告は、後遺症慰謝料として二〇〇万円を請求するが、右のような後遺症の程度、原告の年齢、生活環境等本件に現れた一切の事情を考慮すると、その額としては五〇万円が相当である。
三 争点3について
1 証拠(甲一三号証、一四号証、乙一号証の一から三まで、二号証、原告本人、被告本人)によれば、前記争いのない事実及び認定事実に加え、以下の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。
本件交差点は、南東方向から北西方向への幅員約五メートルの一方通行路と、南西方向から北東方向への幅員約五メートルの一方通行路(ただし原告が運転していた自転車については一方通行の規制はされていない。)とが交わる交差点であり、交差点南東角の建物の塀が障害となって原被告双方にとって左右の見通しのきかない交差点である。また、原告が走行していた道路については交差点南西側に一時停止の標識が設置されている。
原告及び被告は、いずれも右のとおり左右の見通しがきかない本件交差点に入ろうとしているのであるから徐行すべき義務があった(道路交通法四二条一号)のに、両者とも徐行することなく本件交差点に進入して本件事故を起こしたのである。
また、原告は、本件事故当時高校二年生であり、毎週土曜日に本件事故の際と同様に本件交差点付近を自転車で走行していたのであるから、自己の走行していた道路が車両について一方通行の指定がなされており、前記のような一時停止の標識が設置されていることについていずれも認識していたであろうし、右のような本件交差点の状況からすると、交差道路を走行する車両の運転手の注意がもっぱら本件交差点への一方通行路の進入側に注がれるであろうことは十分に理解していたであろうことを推認することができる。
2 右のような原告の損害については、公平の観点からその過失を斟酌するのが相当であり、その割合は以上によれば三五パーセントとするのが相当である。
したがって、被告が賠償すべき原告の損害額は一四八万四九八六円となる。
四 結論
1 被告は、既払金二〇万八四六〇円について損益相殺を主張するが、右主張は、第一三回口頭弁論で明確に既払金の主張を行わない旨を述べた後特段の事情がないのにそれを撤回してなされたものであり、原告も右撤回について異議を述べるものであるから、失当である。
2 原告は、弁護士費用として七〇万円を請求するが、以上によれば一五万円が相当である。
(裁判官 榊原信次)